古典文学
漢詩にも狂詩というものがあり「寝惚先生文集」
投稿日時:2014/05/09(金) 09:04
和歌に対して狂歌、俳句に川柳と日本人は滑稽、パロディが大好きですが、漢詩にも狂詩というものがあり、江戸中期以降人気を博したようです。狂詩は押韻、平仄(あまり厳密には守られなかったよう)、対句などの形式上の約束事はすべて漢詩に従いますが、使用される用語は当時の日本の俗語、日常語を用いて卑俗な事柄を詩にして、そのおかしさを強調したものです。太田南畝が19歳で出版した「寝惚先生文集」がどうも最初のようです。これによって無名だった南畝は一躍戯作界の寵児ともてはやされるようになります。その後、これに刺激されて、一流の漢詩人が狂詩を作って出版し、流行するようになります。ともあれ、こういったものが面白がられたことは、当時、一般庶民に到るまで漢詩の知識が普及していたのでしょう。
太田南畝 江戸見物
江戸膝元異在郷 江戸の膝元 在郷と異なり
大名小路下町方 大名小路 下町の方
二王門共中堂峻 二王門は中堂と共に峻(たか)く
両国橋踰御馬長 両国橋は御馬で踰して長し
懸値現金正札附 懸値現金 正札附
小便無用板塀傍 小便無用 板塀の傍
吉原常与品川賑 吉原 常に品川と賑やなり
儻是狂言三戯場 儻(もし)くは是 狂言の三戯場(さんしばい)
三戯場:中村座、市村座、森田座の三歌舞伎劇場
太田南畝 「通詩選笑知」より
題変士別遊 (変士が別遊に題す) 無馳走
美人不相答 美人 相答(しら)わず 遊女は返事もしない
一坐為金銭 一坐 金銭が為なり 嫌な客と一緒に居るのもお金のため
莫謾愁呑酒 謾(まん)に酒を呑むを愁うること莫かれ 相手にされず酒を飲むばかりなのを嘆きなさんな
閨中自有伝 閨中 自ら伝有り 床に入れば女を夢中にさせる秘伝があるのだから
変士:浅黄裏、田舎侍を意味する、嫌な客 別遊:特別な遊び 無馳走:無愛想、賀知章のもじり
これは賀知章の「題袁氏別業」のパロディです。
原詩は 主人不相識 主人 相識らず
偶坐為林泉 偶坐するは林泉が為なり
莫謾愁沽酒 謾に酒を沽(か)うを愁うること莫かれ
嚢中自有銭 嚢中 自ら銭有り
銅脈先生 「寄花子」 (花子に寄す)
本名、畠中観斎、京都聖護院に仕える寺侍であった。十八歳で狂詩集「太平楽府」を発刊する。紹介した詩はその中のもの。十八歳でこれだけペーソスに満ちた詩を作れるとは恐ろしく早熟な少年ですね。題の花子とは当時の中国の俗語で乞食の意。
裾断薦壊昼尚寒 裾断(き)れ薦(こも)壊(やぶ)れて 昼尚寒し
今朝無貰腹中乾 今朝 貰い無くして 腹中乾く
回頭千手観音落 頭を回らせば 千手観音落つ
閑向日方子細看 閑に日方に向いて 子細に看る
後半:頭を回すと虱(千手観音)がパラパラと落ちる。その小さな虱を取って、日なたにかざしてしげしげと看ている。零落の人生の一こまが鮮やかに切り取られていますね。
安穴先生 「江戸者嘲京」
京都の詩人、中島棕隠の狂詩作者としての号。この先生の狂詩はどうも先の銅脈先生などに比べると表現があざとすぎる気がします。あるいは棕隠の性格が出ているのかも。
木高水清食物稀 木高く水清くして食物稀なり
人人飾表内証晞 人人 表を飾って 内証晞(かわ)く
牛糞路連大津滑 牛糞の路は大津に連なって滑らかに
茶粥音向叡山飛 茶粥の音は叡山に向って飛ぶ
算盤出合無立引 算盤出合 立引無く
筋壁連中仮権威 筋壁連中 権威を仮る
女雖奇麗立小便 女 奇麗と雖ども 立小便
替物茄子怕数違 替物の茄子 数を違えんことを怕(おそ)る
後半:人々のつき合いは算盤づくで、義理とか心意気はなく、高貴な屋敷に仕える公家侍(位は高いが貧乏)は権威をかさに威張っている。
女性は奇麗だが立小便がつや消し。肥汲みの賃に貰う茄子の数が数が間違っていないか気にしているしみったれぶり。
半可山人 「送友人之聟養子」 (友人の聟養子に之くを送る)
本名は植木玉涯、幕府の大番与力であった。本人も聟養子であったので、この詩は自分のことを詠んでいるのかもしれない。
両親気質自難量 両親の気質 自ら量り難く
況復女房家附娘 況んや復た 女房 家附の娘
能思肝腎辛抱処 能く思へ 肝腎辛抱の処
三合不曽持粉糠 三合 曽つて粉糠を持たず
両親や女房に辛くあたられても、そこは辛抱のしどころ。
粉糠の三合も持っていないのでは養子に行くのもやむを得ないねえ。
参考書籍
寝惚先生文集 揖斐高校注 新日本古典文学大系 岩波書店
太平楽府他 日野龍夫・高橋圭一編 東洋文庫 平凡社
太田南畝 江戸見物
江戸膝元異在郷 江戸の膝元 在郷と異なり
大名小路下町方 大名小路 下町の方
二王門共中堂峻 二王門は中堂と共に峻(たか)く
両国橋踰御馬長 両国橋は御馬で踰して長し
懸値現金正札附 懸値現金 正札附
小便無用板塀傍 小便無用 板塀の傍
吉原常与品川賑 吉原 常に品川と賑やなり
儻是狂言三戯場 儻(もし)くは是 狂言の三戯場(さんしばい)
三戯場:中村座、市村座、森田座の三歌舞伎劇場
太田南畝 「通詩選笑知」より
題変士別遊 (変士が別遊に題す) 無馳走
美人不相答 美人 相答(しら)わず 遊女は返事もしない
一坐為金銭 一坐 金銭が為なり 嫌な客と一緒に居るのもお金のため
莫謾愁呑酒 謾(まん)に酒を呑むを愁うること莫かれ 相手にされず酒を飲むばかりなのを嘆きなさんな
閨中自有伝 閨中 自ら伝有り 床に入れば女を夢中にさせる秘伝があるのだから
変士:浅黄裏、田舎侍を意味する、嫌な客 別遊:特別な遊び 無馳走:無愛想、賀知章のもじり
これは賀知章の「題袁氏別業」のパロディです。
原詩は 主人不相識 主人 相識らず
偶坐為林泉 偶坐するは林泉が為なり
莫謾愁沽酒 謾に酒を沽(か)うを愁うること莫かれ
嚢中自有銭 嚢中 自ら銭有り
銅脈先生 「寄花子」 (花子に寄す)
本名、畠中観斎、京都聖護院に仕える寺侍であった。十八歳で狂詩集「太平楽府」を発刊する。紹介した詩はその中のもの。十八歳でこれだけペーソスに満ちた詩を作れるとは恐ろしく早熟な少年ですね。題の花子とは当時の中国の俗語で乞食の意。
裾断薦壊昼尚寒 裾断(き)れ薦(こも)壊(やぶ)れて 昼尚寒し
今朝無貰腹中乾 今朝 貰い無くして 腹中乾く
回頭千手観音落 頭を回らせば 千手観音落つ
閑向日方子細看 閑に日方に向いて 子細に看る
後半:頭を回すと虱(千手観音)がパラパラと落ちる。その小さな虱を取って、日なたにかざしてしげしげと看ている。零落の人生の一こまが鮮やかに切り取られていますね。
安穴先生 「江戸者嘲京」
京都の詩人、中島棕隠の狂詩作者としての号。この先生の狂詩はどうも先の銅脈先生などに比べると表現があざとすぎる気がします。あるいは棕隠の性格が出ているのかも。
木高水清食物稀 木高く水清くして食物稀なり
人人飾表内証晞 人人 表を飾って 内証晞(かわ)く
牛糞路連大津滑 牛糞の路は大津に連なって滑らかに
茶粥音向叡山飛 茶粥の音は叡山に向って飛ぶ
算盤出合無立引 算盤出合 立引無く
筋壁連中仮権威 筋壁連中 権威を仮る
女雖奇麗立小便 女 奇麗と雖ども 立小便
替物茄子怕数違 替物の茄子 数を違えんことを怕(おそ)る
後半:人々のつき合いは算盤づくで、義理とか心意気はなく、高貴な屋敷に仕える公家侍(位は高いが貧乏)は権威をかさに威張っている。
女性は奇麗だが立小便がつや消し。肥汲みの賃に貰う茄子の数が数が間違っていないか気にしているしみったれぶり。
半可山人 「送友人之聟養子」 (友人の聟養子に之くを送る)
本名は植木玉涯、幕府の大番与力であった。本人も聟養子であったので、この詩は自分のことを詠んでいるのかもしれない。
両親気質自難量 両親の気質 自ら量り難く
況復女房家附娘 況んや復た 女房 家附の娘
能思肝腎辛抱処 能く思へ 肝腎辛抱の処
三合不曽持粉糠 三合 曽つて粉糠を持たず
両親や女房に辛くあたられても、そこは辛抱のしどころ。
粉糠の三合も持っていないのでは養子に行くのもやむを得ないねえ。
参考書籍
寝惚先生文集 揖斐高校注 新日本古典文学大系 岩波書店
太平楽府他 日野龍夫・高橋圭一編 東洋文庫 平凡社
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