徒然日記
安保法案の強行採決は、「憲法クーデター」だ 2015年07月16日 小林正弥 [気になる記事の忘備録]
投稿日時:2015/08/05(水) 01:19
WEBRONZAから、引用した記事。
WEBRONZAは、朝日新聞デジタルの一部です。
憲政史の歴史的瞬間
7月15日正午過ぎ、安保法案が衆院平和安全法制特別委員会で強行採決された。NHKは、公共放送であるはずなのに、公共的にきわめて重要な委員会の質疑を生中継しなかった(採決は正午のニュースを延長して中継)ので、私はインターネット中継で採決の瞬間を見た。
民主党をはじめ野党の議員は「強行採決反対!」「アベ政治を許さない」などのプラカードを手に掲げながら立って怒号や悲鳴をあげながら反対を叫んでいたから、見た目には賛成の起立者の数はわからない。この委員会で反対の質問をたびたび行ってきた辻元清美議員などは議場から出るときに、悔し涙を浮かべていた。
これは、日本の憲政史に残る歴史的瞬間である。
審議時間を最低限で終わらせる強行採決の不当性
与党は、従来、このような重要法案を100時間くらいの審議で決めているのに対し、この法案は14日までに113時間以上も審議されたから、国民の理解は深まり、決めるべき時であると主張しているが、これは明らかに正しくない。そもそも、審議時間が決定的に足りない。
私は最近、この法案について講演を求められて改めて調べたが、法案の全体像についてのわかりやすい解説がインターネット上などにほとんどないことに気づいて驚いた。
通常の重要法案であれば、メディアのホームページなどにわかりやすい図入りの解説などが掲載されている。ところが、そのような信頼できる説明がほとんどなく、かろうじて全体像を示しているのは内閣官房のホームページくらいだった。一般の人々がこれを見て全体像を理解するのは極めて難しいだろう。
一般的な解説の多くでは、せいぜい集団的自衛権行使を可能にする事態対処法制についての簡単な説明があるくらいで、重要影響事態安全確保法や国際平和支援法や国際平和協力法についての説明やそれらの関係についての解説は極めて少ない。
ところが、これらはいずれも従来の法律の大改正や新法であり、それぞれが重要法案なのである。
重要影響事態安全確保法は従来の周辺事態法を改正したものであり、国際平和支援法はアフガニスタン戦争やイラク戦争などの際の特措法を恒久法にしたものである。
周辺事態法やそれらの特措法がそれぞれ時の政権にとって大問題であり、国会が大紛糾したことは、記憶のある人も少なくないだろう。だから、これらをすべて丁寧に審議するためには、とうてい113時間では足りず、その数倍ないし10倍くらいの時間が必要なのである。
法案成立の策略と奸知
そもそも、これだけ多くの重要法案を一括して審議しようというのは、国会審議を最低限で済ませて一気に決めようという政権の企みに他ならないだろう。この法案の出し方自体が、民主主義的な熟議を回避したいという策略と奸知を表わしているのである。
これらの法案が「平和安全法制」という名称で、あたかも平和のための法案であるかのごとく装っているのも、これと同じである。
福島瑞穂社民党議員が国会で「戦争法案」と述べたことについて自民党は当初は異例の表現修正を求め(4月17日)、安倍首相は「『戦争法案』などという無責任なレッテル貼りは全くの誤り」と反論した(5月14日)。
しかし、憲法学者の小林節氏が「紋切り型の答えが『レッテル貼り』という逆ギレだけだ」と述べた(6月22日)ことを契機にして、今では安倍首相の反論は説得力を失い、メディアも「平和安全法制」という名称をそのまま用いるのではなく、安保法制というような表現を用いている。これは中立的な表現と言えよう。
何でもできる「戦争法案」?
いかに審議が不十分であるか、わかりやすい例をあげておこう。
安倍首相は、特別委員会の審議の最終段階で、民主党の岡田代表が、朝鮮半島有事の際に集団的自衛権を行使する要件に関して、米艦が攻撃される前でも集団的自衛権が行使できるかと質問したところ、「邦人輸送の船、あるいはミサイル警戒に当たっている船、どちらでもいいが、米艦が攻撃される明白な危険がある段階で、存立危機事態の認定が可能」と答弁した(7月10日)。
これでは、相手国からの攻撃がない段階で日本から集団的自衛権の武力行使ができることになってしまう。つまり、アメリカも日本も攻撃されない段階で、日本から先制攻撃ができることになるわけである。
もしこの答弁通りなら、「専守防衛」どころか、日本から先に戦争を開始できることになりかねない。そうなってしまえば、歯止めがなくなってしまい、ほとんどのことができることになりかねないのである。
このように、この法制に関してはまだ十分に議論されていない点があまりにも多い。そして安倍首相は午前の締めくくりの総括質疑で「残念ながらまだ国民の理解が進んでいる状況ではない」と認めたにもかかわらず、その直後に与党は採決を強行したのである。
衆議院における「多数の専制」による憲法クーデター
衆議院における多数の力でこのような違憲の立法を行うということは、まさしく「多数の専制」に他ならない。
政治理論では、民主主義の問題点の一つとして、「多数の専制」という危険性が挙げられてきた。だからこそ、少数派の尊重や熟議が必要とされているのである。
通常の多数決でもこのような問題がありうるが、大多数の憲法学者が違憲とする法案を十分に審議せずに強行採決を行うのは、まさに憲法を破壊する専制政治に他ならないからである。
2014年の閣議決定の時に述べたように、集団自衛権行使容認の閣議決定は「憲法クーデター」であるという見方がある(「『安倍政権の憲法クーデター』説」2014年07月22日)。
憲法学者でも、たとえば石川健二氏(東京大学)は、安倍政権の政権運営を「非立憲」(立憲主義の精神への違反)として、2014年7月1日の閣議決定を「法学的にはクーデターだった」と述べている(『世界』2015年8月号)。国民に信を問うことなく、閣議決定によって法的連続性を切断してしまい、「法の破砕」を行ったからである。だから、ここには「立憲主義」と「専制主義」との対立が現れている、というのである。
この国会審議や強行採決のやり方は、熟議することなく、国会審議によって反対が増加してもなお強引に立法に突き進むという点で、まさにこのような見方を裏付けるものである。つまり、この強行採決によって、安倍内閣はまさに「憲法クーデター」という歴史的暴挙を国会で決行したとみなさざるを得なくなりつつあるのである。
民の心は、正義に反する「覇道政治」をいかに見るか?
安倍首相は、国際法曹協会のスピーチで、故郷の先人・吉田松陰の教えとして「天の視るは我が民の視るにしたがい、天の聴くは、我が民の聴くにしたがう。」という言葉を引いた(2014年10月19日)。
これは、実は松陰が講義を行った『孟子』で『書経』から引用されている言葉であり、「天は、民の目にしたがってすべてを見、民の耳にしたがってすべてを聴く。すなわち、民の心が天の心。民の声が天の声となる」というような意味である。
孟子こそが義を重視し、王道と覇道とを峻別して、覇者の暴虐な政治に対して「民」の心に基づいた正義の革命を正当化した思想家であった。
この強行採決は、今日のいかなる正義論からみても、正義に反している(「いかなる正義にも反する安保法案の強行採決(上)(下)」2015年7月13~14日)。だから孟子や松陰のような観点から見れば、安倍内閣の強行採決は、正義に反していると同時に、「民の心」すなわち「天の心」に反しているという点でも、まさに「覇道」そのものの専制政治ということになろう。
与党は7月16日に衆議院本会議で強行採決をする方針を決めた。野党は、街頭で「民」にその不当性を訴えている。政権側は、支持率は下がるだろうが国民は時間がたてば忘れるだろうと期待しているという。このような政治を「民」はどのように見て、どのように行動するのだろうか?
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